| PROFILE |
| SANDII シンガー/クムフラ (サンディーズ・フラスタジオ主宰) ワールドワイドな素養と様々なジャンルを自分の引き出しにしまった日本の女性ヴォーカルの先駆者であるサンディーは、10代を主にハワイで過ごし本格的にフラを学ぶ。 1974年より日本での活動を開始。 1980年には細野晴臣プロデュースのアルバムを日英で発表、その後もサンディー&サンセッツとして数々の作品をワールドワイドにリリース、1980年代から毎年世界ツアーを敢行、その活動をアメリカ、カナダ、ジャマイカまで拡げ、国内外で高い評価を得、世界に通用する日本のアーチストとして数々の歴史的シーンを残す。 1994年には「ドリームキャッチャー」が服部良一音楽祭、優秀アルバム賞を受賞、アジアでもリリースされ、マレーシアにおいて、3000人を動員するコンサートを成功させる。 1995年には「アイルマタ」を発表し、AIM(マレーシアン・グラミー賞)を受賞。 1996年に初のハワイアン・アルバム「サンディーズ・ハワイ」を制作。彼女が愛するハワイの音楽をとりあげ、自らの想いに改めて向かい合ったこのアルバムは現在のハワイアン・ムーブメントの火付け役ともなる。 このサンディーズ・ハワイのシリーズを3枚制作した後、彼女のステージのサポート・メンバーだった「ザ・ココナツ・カップス」のデビュー・アルバムをリリース。そして、ハワイの人間国宝的ピアニスト、ルネ・パウロと共演したアルバム、クラブ・シーンで注目のアーティストJazztronik(野崎良太)とコラボレートした作品『TikiTiki』など精力的にアルバムの制作を行なう。 2003年夏には国内外のトップ・ウクレレ・プレイヤーたちとの共演で綴った‘60年代ポップスの名曲カヴァー集ハワイアンスタイル「Ukulele Dreaming」をリリース。 2004年には、音楽活動、30周年を迎え、青柳拓次(KAMA AINA)との共同プロデュースによる、サンディー音楽の集大成とも言えるセルフプロデュースアルバム「Sandii's Lemurian heart」を自身のレーベル「Chikin Skin Music」よりリリース。 7月にはモントルージャズフェスティバルからの招待を受け、総勢25人のユニットで参加、大好評を得る。 12月には「Sandii's Lemurian heart- Love X'mas」と題したX'mas Liveを恵比寿ガーデンホールで開催。 フラの指導者としての活動では、'01年に渋谷に設立した、「Sandii's Hula Studio」も今年で5周年を迎え、門下生は、500人を超えるまでに成長。その活動は、雑誌や番組など様々なメディアで取り上げられ、昨今のハワイ文化への感心、フラのブームを生み出したと言っても過言ではない。 フラに関する、出版物、ビデオ、DVD作品も数々発表。 フラの正統的継承者として、クム・フラ(Hula Master)への道を志し修行を続けてきたサンディーは、2001年にオーラパ(カヒコ・ダンサー)としてのウニキ(卒業式)を終え、2003年7月のウニキでダンス、チャント、ハワイのクラフト伝統の背景をマスターしたというホオパア(チャンター)としてのタイトルをクムフラ「パティー・ケアロハラニ・ライト」から受け継いだ。 2005年は、クムフラ修行の集大成の年として、フラの活動を重点的に行なう。5月末には、カフラピコ(モロカイ島で開催される古典フラのイベント)に出演、そして、長く険しい勉強と修行の成果が認められ、9月には、新月の深夜、ハワイ、カウアイ島のラカへイアウ(古代のフラの神殿の跡)でウニキ(卒業)、オアフでホイケ(お披露目)の儀式を無事終了し、晴れてクムフラの称号を授かる。 帰国後の10月には、伊勢神宮内、猿田彦神社のおひらき祭りで奉納のフラを捧げる。 2006年4月には、総勢470名の参加によるスタジオ5周年記念の発表会を人見記念講堂で行なう。クムフラ襲名後は、シンガーとしての活動を再開、朝霧高原jam出演に続き、2006年、6月には、サンディーの環太平洋系音楽のベスト版、「Sandii's love2 pacific」、7年ぶりのココナッツカップス新作「Mele o aloha〜Sandii & The Coconut Cups」をリリース。 そしてFuji Rock、フィールド オブ ヘブン出演決定!、9月にはサンセッツ時代の作品が紙ジャケにて復刻予定とシンガーとしての活動も目が離せない、アロハとピースの伝道師として活動と進化を続けるサンディーです。 |